26巻

南宋12世紀 中国

金に追われた漢民族が立てた王朝

ゴヤ「裸のマハ」スペイン宮廷画家

晩年は陰鬱な作風に。

「我が子を喰うサトゥルヌス」ギリシャ神話、呪われた神。

ギャラリーフェイク24巻

ギャラリーフェイク24巻

尾形光琳「燕子花図(かきつばたず)」

八橋蒔絵 螺鈿硯箱

(やつはしまきえ らでんすずりばこ)

任清

織部

良寛

蕪村

クリムト「アデルの肖像」

エルミタージュ美術館

ロシア。ロマノフ王朝の財宝と近代絵画。

「ブノワの聖母」レオナルドダヴィンチ

長谷川等泊「松林図」

天皇一覧

初代 神武天皇 BC660

1〜8代 欠史八代

 

10代 崇神天皇(すじんてんのう)

初の実在天皇?

大物主神オオモノヌシノカミ。三輪山。アマテラスまほろば編。

モモソ姫=卑弥呼?

箸墓古墳

 

11代 垂仁天皇(すいにんてんのう)

 

12代 景行天皇(けいこうてんのう)

日本部尊(ヤマトタケルノミコト)

クマソ

「火の鳥」3巻ヤマト編

 

14代 仲哀天皇(ちゅうあいてんのう)

神功皇后=卑弥呼?

 

16代 仁徳天皇(にんとくてんのう)

民を思いやり租税を3年免じた。聖帝。

 

21代 雄略天皇(ゆうりゃくてんのう)

大悪天皇

ワカタケル大王(おおきみ)

 

25代 武烈天皇(ぶれつてんのう)

暴君。架空?

 

26代 継体天皇(けいたいてんのう)507年

オホド大王。越前。

 

29代 欽明天皇(きんめいてんのう)539年

30代 敏達天皇(びだつてんのう)

 

31代 用明天皇(ようめいてんのう)

橘豊日大兄

 

32代 崇峻天皇(すしゅんてんのう)

泊瀬部皇子(はつせべのみこ)

 

33代 推古天皇(すいこてんのう)592年
初の女帝

摂政 聖徳太子(厩戸王子)
「日出処の天子」

遣隋使 小野妹子

古事記はここまで。

 

34代 舒明天皇(じょめいてんのう)

35代 皇極天皇(こうぎょくてんのう)

36代 孝徳天皇(こうとくてんのう)

37代 斉明天皇(さいめいてんのう)

38代 天智天皇(てんじてんのう)中大兄皇子

39代 弘文天皇(こうぶんてんのう)大友皇子

 

40代 天武天皇(てんむてんのう)大海人皇子

ここから「天皇」という言葉を使い始める。

 

41代 持統天皇(じとうてんのう)讃良皇女

この頃の日本の人口500万人(文庫9巻)

 

42代 文武天皇(もんむてんのう)珂瑠皇子

「日本書紀」はここまで。

 

43代 元明天皇(げんめいてんのう)阿閇皇女

「あをによし」

44代 元正天皇(げんしょうてんのう)氷高皇女

45代 聖武天皇(しょうむてんのう)首皇子(おびとのみこ)

 

 

 

 

 

 

ちはやふる

ちはやふる単行本の折り返しの句

1巻

2巻

17巻
かくとだに えやはいぶきのさしも草
さしも知らじな燃ゆる思ひを

18巻
秋風にたなびく雲の絶え間より
もれ出ずる月の影のさやけさ

19巻
心あてに折らばや折らむ初霜の
おきまどはせる白菊の花

20巻
恋すてふ わが名はまだき 立ちにけり
人知れずこそ 思ひそめしか

21巻
わたの原 八十島かけて こぎ出でぬと
人には告げよ あまの釣舟

001

秋の田の 仮庵の庵の 苫をあらみ
わが衣手は 露にぬれつつ

あきのたの かりほのいほのとまをあらみ
わがころもでは つゆにぬれつつ

天智天皇

ちはやふる3巻

瀬をはやみ 岩にせかるる 滝川の

われても末に あわむとぞ思ふ

崇徳院(すとくいん)

(川瀬の急流が岩にせきとめられて分かれても また下流で合わさるように

今2人が別れても将来再び逢おうと思う)

合宿のところ

ながらえば またこのごろやしのばれん

うしとみしよぞ いまはこいしき

(この先生きながらえるならつらいと感じているいまも懐かしく思われるでしょうか)

藤原清輔朝臣(ふじわらのきよすけあそん)

過去現在未来を思う諦観の歌

諦観(ていかん)…本質を明らかにみて取る

うかりける

おとにきく

わがいほは

ありあけの

わすれじの

なにしおわば

かくとだに

かぜをいたみ

いまはただ

うかりける

おおえやま

あしびきの

わたのはら

わすらるる

しらつゆに

みかきもり

あわじしま

よをこめて

ちはやふる2巻

なにわづに さくやこのはな ふゆごもり

いまをはるべと さくやこのはな

いにしえの

わすらるる

かぜをいたみ

たれをかも しるひとにせむ たかさごの

まつもむかしのともならなくに

(心をかわす古くからの友人もいなくなった今 誰を友としよう あの年老いた高砂の松も昔からの友ではないのに)

ひともをし

あいみての

ちぎりきな

しのぶれど

みせばやな

小倉百人一首

鎌倉時代 藤原定家

天智天皇から順徳院まで

宇都宮頼綱の京の別荘

小倉山荘の襖色紙に載せるために依頼を受けた

男性79人、女性21人

ゆうされば

よをこめて

うかりける

ちはやふる1巻

 

ちはやふる1巻
 

ちはやぶる かみよもきかず たつたがわ
からくれなゐに みずくくるとは

あらしふく

ながらえば

せをはやみ いわにせかるる たきがわの
われてもすゑに あはむとぞおもふ

やまがわに かぜのかけたるしがらみは

わすれじの ゆくすえまでは かたければ

きみがため はるののにいでて わかなつむ
わがころもでに ゆきはふりつつ

一字決まり(7枚)

むすめふさほせ 

むらさめの つゆもまだいぬ まきのはに
きりたちのほる あきのゆふくれ
 
ふくからに あきのくさきの しをるれば
むべ山風を 嵐といふらむ
 
むへやまかせを あらしといふらむ
 
ほととぎす

 

大山札(おおやまふだ)六字決まり

あさぼらけ うじのかわぎり たえだえに
あらわれわたる せせのあしろき

あさぼらけ ありあけのつきと みるまでに
よしののさとにふれるしらゆき

きみがため

みよしのの やまのあきかぜ さよふけて
ふるさとさむく ころもうつなり

こぬひとを まつほのうらの ゆうなぎに
やくやもしおの みもこがれつつ

よのなかは
ありあけの

たちわかれ

なにわがた

ゆうされば

しらつゆに